女は大嫌いだけど、女性は尊敬しています

僕自身は女性は大好きですが、女は大嫌いです。

どんな理屈を捏ねようと人にたかろうとする輩は女で、女は大嫌いです。

最近話題になっている奢る奢らない論争ですが、僕は例外なく「私に奢れという輩はキチガイ」だと認定していますので、どんな理屈を捏ねようとも、言ってる女の見た目がどれだけ良かろうと全否定です。

金は生きていく上で必要なもの、大事なものなのです。だからこそ

たとえ1円であってもキチガイにあげるわけがないじゃないですか。

別にモテなくても構いません。相手はもういるのです。それにキチガイからモテても1mmも嬉しくありませんしね。

それに比べると、女性は自立してるし、屁理屈捏ねないし、金も折半するし、筋の通った発言をするし、苦労をひけらかさないし、殊更に共感を求めないし、相手に媚びないし、いいことだらけです。

人として尊敬できるのです。

はっきり言いますが、僕は連れを尊敬しています。

だからなんの問題もありません。

そして尊敬できる相手がいると、尚更キチガイ女どもには1mmの譲歩も忖度もしようとは思いません。なんならどんどん厳しくなっていく一方です。

いい塩梅に性欲が薄れてきているのも幸いして、女に「いい格好しよう」などとはもはや思わないし(若い頃もあまりそういう意識はなかったけど、全くなかったわけではない)何よりも

相手を等身大で見ることができる

のもすごくいいことです。そして等身大で見た時、

女のなんと醜いことか

とぞっとすることの方が多くなりました。性欲を抜きにして女を見ると、およそ人として最低な輩だなと思える女ばかりなのだから仕方がありません。

これは持論なのですが、性欲を抜きにしたら、男より女の方がはるかに最低な人が多い。なまじ生物的にか弱いものだから、卑怯な手を使うことに躊躇のない輩が本当に多いと思っています。僕はよく「うんこが入っている綺麗な風船」の例えをするのですが、まさにそれです(逆に男はなまじ力があるものだから、腕力に自信があればあるほど力に頼りたがるのですが)。

  

僕は忖度なしなので、女であろうとクソミソなのですが、けど、だからこそ女性を尊敬します。

僕にはできないことをやってるからです。

子育ての大変さをあれこれ聞くことが多いのですが、聞けば聞くほど

それは僕にはできない

と思います。泣きながら、辛いと言いながら、信じられないほどの理不尽さと闘っているのです。

ただ怒ればいいというものではないと僕は学びました。そんなのが通用するなら誰だってそうやってる。けど実際には怒るだけでは物事は全く改善しない。子育ては本当に大変だなぁと思います。そして子育てをしながら職場に来る女性を僕は尊敬します。

子育てでなりふり構ってられないからこそ、女性は等身大になるのですが、そういう時にこそ

その人の持ってるものが出てくる

からです。いざという時にこそ、辛い時にこそ、追い詰められた時にこそ、その人本来の姿がわかるのですが、尊敬できる女性はまさにその本来の姿が出ているのであって、だからこそ尊敬できます。

僕は、素敵な女性にはただただ脱帽するのみ。

そして不思議なもので、そういう女性は助けてあげたくなります。

もちろん旦那さんがいたりするし、僕にもツレがいるので、不埒なことはしませんしできませんが、バックアップやサポートなどはできますよね。

少しでも楽してくださいと思います。

あ、子育てしててもダメ女はいるからとか、そんなのは重々承知。僕は

いざという時にこそ、辛い時にこそ、追い詰められた時にこそ、その人本来の姿がわかる

と書いてます。尊敬できるのは、そのいざという時に現れるその人本来の姿が素敵な人のことです。本来の姿がクソミソなら、たとえ子育てしようがしまいがクソミソ。

ただそれだけのことです。