北海道・東京連続少女監禁事件を起こした監禁王子は今何を思っているのか?

僕が北海道に来る前に起きた事件です。というか、かなり前の事件です。
犯人が青森県人ということもあって、地元ローカルニュース番組では度々放送されていましたし、もちろん全国ニュースもすごかった。
監禁王子などというふざけた呼び名がつきましたね。この呼び名で
ああ、あれね!
と思い出された方も多いのではないかと思います。
事件についての詳細は省略します。wikiなどを参考にするのが良いと思います。
さて、この事件で思うのは次の2点。
1点目ですが、確かこの頃から(もっと前からだったかもしれませんが)盛んに「俺は精神障害者だから無罪」という主張が増えてきたような気がします。平たく言うなら、
病気だから仕方ない
ということですが、少なくとも僕の見聞きした経験からは
誰もそんな主張に納得などしていなかった
ですね。やっぱり「ふざけんな!病気なら何をしても良いってのか?」でした。稀に訳知り顔の人が「精神障害者だから仕方ない面もあるよ」などと言った途端に「じゃあお前は頭のおかしな輩から暴力を受けたら許せるのか?」と言われたら全員が「黙って」たし。
そうなんです。今でもそうですが、仮に精神を病んでいたなら何をしても良いのか?という点については
皆、それは違う
と思っているということなんです。本音では「社会に出てくるな!」なんです。「精神が病んでるというなら治療しろ!」ってことなんです。一時期、精神病患者の隔離について「非人道的」ってことで、この部分に対する議論があったのですが、隔離はやりすぎとして、少なくとも「病気なら出歩くな!」というのは暴論でもなんでもないと僕は思います。病気が治るまで出てくるな!というのは多くの人の本音ではないでしょうか?病気なら治療して欲しいと誰だって思うのではないでしょうか?
精神の病というのは、今の武漢肺炎と同じで当初は「得体の知れないもの」でした。しかし徐々に解明されていき、そして僕の知る限りでは、精神の病といえど「やはり脳に障害がある」ものだという流れになっていると思います。機能障害ってやつですね。精神の病って何?という得体の知れないものから、脳の状態が物理的要因でおかしくなってるのだという判断ができる、可視化できるものに変わってきているのです。
当然のことながら、だからといって脳はデリケートな器官なので外科手術で完璧にコントロールできるわけではなく、だから投薬や行動療法などのアプローチも取られているのだろうけど、いずれにしても可視化できるところまでになってきているのです。
大事なのは、その可視化の部分。本来はその部分が「誰でもわかるようでなければならない」のではないか。これが僕の意見です。
例えば、この人は精神の病だと誰もがわかっている状態なら、なら「精神障害者だから」という言い訳が成り立ちます。犯罪に巻き込まれようとしている被害者が
この人は精神に病を抱えている!
あるいは
今この人は心神喪失状態なんだ!
と判断できたなら、なら事件は起こらなかったかも知れないのです。違った展開になったかも知れないのです。リスクを理解できたかどうかというのは重要なことではないでしょうか?
問題なのは、相手に精神障害があったかどうかなんて、被害者としてはその時点ではわからないということ。下手したらわからないまま殺されてしまうのです。そんな状態で
俺は精神が病んでいるから
とか言われても、そりゃあ誰だって納得いかないでしょう。その上無罪とか言われた日には、誰だってふざけんな!ってことになります。
事件を引き起こしたことで、加害であるにもかかわらず「病気だからチャラな!」って言われたら誰だって納得などできません。これが1点目。つまり「犯罪防止の視点からするなら、あらかじめわかるようになっていることはやはり必要ではないか」という点。もちろん実際にそういうことをするとなると、ものすごく難しいと言うことは理解していますが、けどそれだと被害者の人権を守れないのではないかと思います。加害者の人権ばかりを異様に尊重するのは、優しく表現しても「極めて異常」。
事件後に「実は俺は私は精神障害とか心神喪失なんだ!」なんて後出しジャンケンをするのは気狂いの所業だと僕は思います。
2点目ですが、案外誰も言ってないように思えます。
加害者が「自分は精神障害者だと偽った場合」はプラスしてうんと重い刑罰を課すべき
ではないでしょうか?
本当に精神に障害を負っている方々は日々辛い思いをしています。病気だから仕方ないとはいえ、その苦労はやっぱり大変なものだと思います。
そういう精神病の方々のことなど実は何も考えてないからこそ、自分は精神病だと騙るのです。裁きから逃れたいばっかりに。けどそれって、実は実際に精神病で苦しんでいる方々の環境を悪化させているのです。偏見を助長することになっているのです。
そもそも精神病患者が怖いとかやばいとか言われるのは、大抵
犯罪者が「俺精神病だから」って主張することから始まる
と思いませんか?良くも悪くも精神病患者なんてどこにいるのか誰がそうなのかわからない。だからこそいざ事件化して騒がれると、
わからないが故に怖がられる
のです。大人しく過ごしているのに、加害者が「俺は精神病患者だから」と騙ることで、嘘の申告をしたことで、精神病の方々を苦しめるのです。俺は私は犯罪なんてしないんだと言っても
でもあんたは精神の病だから何するのかわからないんじゃないの?
って思われるかもしれないのです。
偏見を持つのはいけないことですよね。けど「偏見を持たせる行為」に関してはノーチェックではありませんか?
マスゴミのように大きな声で嘘を流しっぱなしにしたら、白も黒になるし、ないこともあることになります。最近ではモリカケが良い例。しかしそれはおかしいと多くの人が憤っています。
罪から逃れたいがために精神病だと偽るのは、本当に卑劣な行為です。マスゴミと同じで、放置して良い話ではありません。
この主張をもう少し具体的に書くなら、
「精神病だと主張して検査したら違った」で終わらせるのはどうなの?
ということなのです。違うということは嘘なのか?ということなのです。なぜそんな主張をしたのかを問いただすべきです。そして嘘だとわかったら重い罰を与えるべきだというのが2点目です。
というわけで2点ほど思ったことを書きました。最後ですが、性犯罪って再犯率が高いと言われています。監禁王子が刑務所の中でどう過ごしているのか僕にはわかりませんが、一つだけ言えるのは
「少なくとも妄想はし放題」
ということ。妄想を止めることは誰にもできないのです。自由。刑務所に入っていてもそれは同じ。
そもそもこの種の犯罪は妄想から出発していると思うのですが、妄想を妄想で終わらせられるのか、それとも「あれ、ひょっとしたらこの妄想って実現できるんじゃね?」と思うのか。
どうなんでしょうね?
よりディテールの細かな妄想を描いて「前回だってできたんだし、次はもっとうまくやればバレないかもしれん」などということを考えてないといいですね。
そういえば、こういうのって、共産主義者とかサヨクもまた得意中の得意でしたね!
スターリンとか毛沢東はやり方がダメ。俺ならもっと上手くできる!
って。全くもって瓜二つですな。自分の思い通りの妄想したがるんだよなぁ。
性犯罪者も共産主義者もサヨクもほんとに怖いですね。