広告に関する長い長い言い訳(笑

ちょっと広告を外していますが、またつけます。どうか皆さんご協力ください。

広告料で旅をしてブログとか動画撮って…

なんて都合のいいことを考えていましたが、なかなか叶わず、けど、そんなものですよね。と自分を慰めつつも、やれることはとにかくやらないと…皆さんどうか…

…なんて宣伝もそこそこに本題ですが、とあるニュースを見て思い出したことがあります。

具体的には書かないのですが、割とよく知ってた人が、とある事故で亡くなって全国ニュースになったことがあります。

その時の僕の偽らざる反応は

「嘘だろ…」

でした。月並みなのかな。実際にそういう反応しかとれませんでした。そしてしばらく経ってから、やっぱり現実にそういうことが起こると、月並みな対応しかとれないものだ、とつくづく思ったものです。

家もそこそこ近かったし、親の顔も知ってるし、なんとも複雑な気持ちになってしまいました。その時はすでに実家を離れて違うところに住んでいたので、葬式にもいけずじまいでしたが、僕の知る限りでは、やっぱり知り合いは皆「嘘だろ…」という感じで呆然としてたそうです。

若い頃は死なんていうのは物語の中で起こることで、なかなか実感など湧きません。それどころか20代30代であっても、死はまだまだずーっと向こうにある何かでしかありませんでした。

それが40代になって、いきなりひょっこりと「ヤァ」って感じで顔を出してきたのです。

東日本大震災のとき。

僕の知ってる人もかなり亡くなってしまいました。

思い出深いというか、忘れられないことがあって、これまた詳しくは書きませんが、とあるブログ友達が「仕事で引っ越すことになった」と言って三陸に引っ越していったのです。

おお!頑張れ!そのうち僕も三陸にいくよ!

なんてね。国道45号線は国道4号線と並んで僕のお気に入りのルートで、何度も車で走ってるので、目を瞑っても「ここからの景色はこう」なんて想像して楽しめるのです。僕は当然のことながら三陸のルートを想像しては楽しんでしました。

けど、東日本大震災。

もちろん連絡は途絶えてしまいました。

その時もやっぱり僕はこう思ったんです。

「嘘だろ…」

けど、嘘じゃないんです。多くの知ってる人が亡くなってしまったのです。

40代になってから、そうやって死というものがひょっこりと顔を出してくるようになったのです。

 

こんなことを書いたからといって、別に死にたいとかそういうことではありませんし、死を思わせる切迫した状況もありません。

ただ、最近僕はこれまた月並みなことをしみじみと思うのです。

生きているうちにやりたいことを頑張らないと

って。当然のことですが、死んだら何にもできなくなるので。みょうに色々と遠慮して生きていきたような気もするし、様々な偏見もあったし、今でこそパートナーもいますが、昔はその部分だって随分と捻くれていたし。

けど、死の実感とともに、このままじゃ人生もったいない!と思ったのです。

もうとちょっと遠路なしで、偏見は直せばいいのだし、一緒に楽しんでくれる人もいることなので、つまりは前に戻るのですが、広告付け直しますと。笑

YouTubeも復帰したいのですが、タイミング悪く今また外出規制的な感じで、だからこそ後悔しないようにね。

とにかく稼がせてくださいお願いします(開き直り