めがねのかなしみ

温泉に入る際に一番困るのは、

眼鏡を外さないといけない

ということです。ここでも書きましたが、眼鏡は基本、外して入っているのです。だって温泉成分は体にはいいけど、眼鏡にはよくないのでは?金属アレルギーなのでプラスチックフレームの僕ですが、それでも留め具は金属なので、そこが錆びるのがどうしても気になってしまうのです。だから外す。

けど、外すと本当に何も見えなくなります。鏡なんて自分の姿がまず見えないので、髭剃り不可。湯煙でただでさえぼんやりしている浴室内がさらにぼんやりしているので、移動する際にはカンを駆使しないとなりません。これでは混浴だとしても、とてもじゃないけど相手の裸を見ることはできないのでして、実際、酸ヶ湯の混浴だって、「肌色の物体」としか認識できませんでした。残念…。

昔、教科書に載っていた円地文子の「めがねのかなしみ」という随筆が今でも印象深いのですが、僕の場合はまるで真逆。

めがねがないかなしみ

なのです。この年だし、というか年など関係なく、顔の美醜なんてどうでもいいのです。それよりも「見えるか見えないか」です。見えないのは辛い。

ちょっと前のことですが、通勤中に雨が降ってきたのです。そしてなぜかその時の僕は

「眼鏡を外そう」

と思ってしまいました。まさに痛恨の極みでした。外した眼鏡をこともあろうにパーカーのポケットに入れてしまい、そして落としてしまったのです。

雨が降ってて、レンズが濡れるのが嫌だったのでしょう。僕はそういう人です。変に細かいのです。だからこその失敗でした。雨の中、眼鏡なしで、朝とはいえ、ほとんど見えない景色をカンで進むのはなかなかに勇気のいることでしたし、はっきりいえば危ない。迷惑。だからバチが当たったのだと思います。

遅刻しそうになるし、着いたら着いたで眼鏡が無いことに気づき、そして「車の運転ができない」ことで迷惑をかけ…

踏んだり蹴ったりでした。

もはや、僕の人生に眼鏡はなくてはならない。コンタクトレンズはNGなので、どうしても眼鏡でないとならないのです。

そこまで酷い近視なのに、それプラス老眼。

目の体操はしすぎると神経を余計だめにするという話を読んでからは、毎日行っていた眼球体操もやめました。そもそも僕は目の神経が神経痛になったことがあるので、本当に怖い。

どないせーっちゅうねん!

というわけで、目にいいと言われているブルーベリーとか、食べ物系を意識しています。

まさに僕の人生、めがねのかなしみ、ですね。