ペギラでも現れたのかという最近の札幌の風景を見てへ理屈を語る

雪がない雪がないと騒いでいたのが遠い昔となりました。
今日の札幌はこんな感じです。

なんということでしょう。

いつもの札幌に戻っているではありませんか!

これが札幌、これこそ札幌です。雪の降る街、日本有数の豪雪地帯、それが札幌なのです。もちろん雪が降るのは迷惑でしかありませんが、それでも今冬でのあまりにもやる気のなかった天気の神様も、ここに来て帳尻合わせをしてきたようで、これはさすがに反省したんだなぁと思わずにはいられません。

いや、反省も帳尻合わせもいらないのですが…

 

しかしがなら、この種の天候の変化に関しては、気象には明るくない素人の僕からすれば「異常気象なのかな?」「これってやっぱり地球温暖化の影響?」などと思ってしまうのですが、一方では

南極の氷は実は増えている
最高気温は更新されているが、最低気温も更新されている

というように「地球温暖化は嘘」「地球は逆に寒冷期に向かっている」という主張もあったりします。

某少女が二酸化炭素が云々と主張して注目を浴びている件についても、実は二酸化炭素の増加と気温の上昇は必ずしも一致しないというデータもあったりします。

何が何だか、いまいちよくわからない。

僕はそういう感じなのですが、みなさんはいかがでしょうか?

 

これはいつも思っているのですが、科学に関しては2つ言いたいことがあります。それは

「科学的な判断の仕方をしっかりとわかりやすく説明してくれる専門家(学者本人とは別)」が必要だということと、もう一つは「政治を介入させないこと」

です。今の世の中のあらゆる場面に「政治」が絡んでくる気がしてなりません。ここでの政治というのは、言い直すと「利権」です。さらにわかりやすく言うなら「金儲け」。

異常気象の件がなぜわかりにくいのかと言うと、それはそれぞれの主張の背後に「利権」があるからで、その利権を守ることを前提に物を言うものだからピントが狂う。僕にはそう思えます。

暑くなれば暑くなったで、寒くなれば寒くなったで、それぞれに辻褄の合うような主張を「はじめに温暖化ありき」という大前提で説明するものだから、聞いてるこちらも「?」となるのです。温暖化なんてどんどん暑くなる一方なんじゃないの?なんで寒いの?とかね。素人なら普通にそう思うでしょ。それを「暑くなったり寒くなったりを繰り返しながらうんたら」とか言われてもね。

某少女なんて、もっとも二酸化炭素の排出の多い中国にはなにも言わない。「政治」≒「利権」≒「金儲け」の構図が透けて見えるからこそ胡散臭さが満載で、だから異常気象の話も眉唾に思えるのです。全く悪影響でしかありません。

そもそも本当に二酸化炭素は悪者なのかといえば、人類は全二酸化炭素のわずか3%程度しか排出してないそうだし、多くの二酸化炭素は海が排出しているとのこと。森は酸素と二酸化炭素を「等価交換」しているだけで、二酸化炭素を減らしているわけではない。確かに二酸化炭素の量は増えてはいるけど、人類の数が増えてるんだから、そりゃあ当然だろうって話もあります。

とはいえ、素人の僕にはやっぱりよくわからない。実際の地球の気象がどのような状態なのかは、政治から完全に離れた状態の学者の知見に委ねるしかありません。しかし、その学者が政治に汚染されていては正しい知識など得られるわけもありません。

温暖化していると「辻褄を合わせて言ってくれれば、君のふところも暖かくなるよ」などという鼻薬を嗅がされているのかどうかはわかりませんが、昨今の学者の信用がガタ落ちしていることは、今の新型肺炎でのWHOの体たらくを見ればより鮮明になることでしょう。

事実、政治介入を許している体たらくのWHOを信じてない国は、先手先手をうって立ち回っていますよね。

「新型肺炎は金儲けの場ではなく国家安全保障」とリアルに考える国はしっかりと隔離したり渡航禁止したりと手を打っています。

…って、ありゃ。

「おっさんが居酒屋で政治の話」になってる。苦笑

もうね、いっそのことペギラが出てきて、あちこち凍らせた方がいいのです。その方がわかりやすい。

ペギラだ!あいつが原因か!

 

僕はわかりやすいことを好みます。みなさんはどうでしょうか?おそらくは僕に賛同してくださる方もいるのではないでしょうか?であるならやはり「科学的な判断の仕方をしっかりとわかりやすく説明してくれる専門家」が必要だと思う僕の意見にも賛同してくださるのではないかと思います。

学者の話は専門的すぎてわからないことも多い。数字が出てくるとチンプンカンプンだって人は確実にいます(僕もそうです!)。だからこそ学者と素人の橋渡しをする専門家が必要なのです。もちろんこの専門家が「利権でがんじがらめ」ではなんの役にも立たないので、確実に中立の立場でものが言えるようにしないとなりませんが。

ちょっと理想論的なこと書いてしまいましたが、ついでに書くなら、科学に基づくデータに関しては汚れていない手付かずの「事実」ってやつが見たいものです。学者が追い求めているのは徹頭徹尾ただひたすらに「事実」だけなんだと信用するからこそ、そう思うのですが。

事実は政治的主張で変わるものではない。僕はそう信じています。

真実ならいくらでも政治的主張でねじ曲がりますが、事実はたったの一つだけ。だからそこは曇らせて欲しくないなぁと思います。政治と科学は全くの別物なんだと。

とか偉そうに書きましたが、にしても、雪かきめんどくセー。笑。手とか疲れたっす。